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私は占いジプシー歴10年以上です。
電話占いで相当な額を使い、レディスピ(レディースピリチュアル掲示板)に入り浸り、思いつく限りの占い師に相談してきました。
そのなかでたどり着いたのが「聖天信仰」でした。「最後の砦」「聖天様は別格」と言われるものです。
結論から書きます。私は聖天信仰で、復縁も金運も叶いませんでした。
ただ、今は叶わなくてよかったと思っています。この記事では、実際に何をしたのかと、なぜ叶わなかったのかを書きます。
そもそも私は、祈祷寺のハードルが低い
前提として、私は昔から寺社に行くのが好きです。
祈祷寺にもよく行きますし、一番好きなのはお稲荷さんです。例大祭のときは近所の神社にお酒を奉納しています。有名な神社の祈祷は、お土産目的で受けているくらいなので、この分野への抵抗はもともとありません。
なので、聖天信仰も自然に入っていけました。
レディスピで聖天信仰を知った
聖天信仰を知ったのは、レディスピでした。
あの掲示板では、聖天様は「最後の砦」として扱われています。叶ったという報告も書かれていて、それを読むうちに「私も願えば叶うかもしれない」と思うようになりました。
今振り返ると、この入り方がすでに間違っていたのだと思います。
待乳山聖天に通いはじめた
私が通ったのは、浅草の待乳山(まつちやま)聖天です。正式名称は天台宗の本龍院ですが、地元では待乳山聖天と呼ばれています。
最初に参加したのは、合同大般若法要でした。大般若経を読む法要で、参加費は5,000円ほどです。
仏教そのものにも興味があったので、毎週行われている行事にもいろいろ参加しました。
ただ、これが思ったより難しかったです。
般若心経くらいならまだついていけるんですが、観音経が長い。しかも読み方が難しくて、途中で読み飛ばしてしまい、どこを読んでいるのか分からなくなりました。
そうしたら、隣の人が「今ここだよ」と教えてくれたんです。皆さん、けっこう優しいです。
これから行く方は、リズムのある音源で練習してから行くことをおすすめします。
参加者の年齢層が高い
参加者は40代から70代くらいの方が中心でした。レディスピで見かけるような若い占いジプシーは、ほとんどいません。
そして印象的だったのが、参加している方の多くが「叶った人」だったことです。
バイク事故で助かった方、浅草の老舗のお店の方。お礼参りに来ている人たちでした。空いた時間にそういう話をしてくれます。
願いに来ている人より、感謝しに来ている人のほうが多い場所でした。
待乳山聖天様について
参拝するうえで知っておいたほうがいいことを書いておきます。
聖天様は、幸運だけでなく苦難も与えると言われています。 苦難を乗り越えた先に幸運がある、という考え方です。
そして、まず自分の力を出し尽くしてから祈ることが大切とされています。努力しない人には与えない、ということです。
参拝は毎月1日と16日の縁日が良いとされていますが、行けない場合は自宅で真言を唱えるだけでもいいそうです。
別座浴油祈祷を定期的に依頼した
法要に参加したあと、私は別座浴油祈祷を定期的に依頼するようになりました。
個別に、聖天様にごま油を注いで祈祷してもらうものです。
私が願ったのは、復縁と金運でした。復縁は元彼のこと。欲張りですよねー
コロナの時期はYouTube配信で参加していました。参加者の年齢層が高いので配信の視聴率は高くなかったようですが、通常なら5,000円以上かかるものを無料で見られたので、あれはありがたかったです。
結果、どちらも叶いませんでした
復縁も、金運も、叶いませんでした。
ただ、今はどちらも叶わなくてよかったと思っています。
復縁については、はっきりそう言えます。 もし戻れていたら、今も同じことで苦しんでいたはずです。問題が解決したのではなく、悩みの種類が変わっただけだったと思います。
金運のほうは、そもそも願いの立て方が間違っていました。
私が願ったのはFXで大勝ちすることでしたが、自分の占いを見ても、私はそういうことに向いていません。向いていないことで大きく勝たせてくれ、という願いでした。
これは待乳山の教えとも真逆です。まず自分の力を出し尽くしてから祈るというのが前提なのに、私が求めていたのは自分の力の及ばないところで棚ぼたが起きることでした。
叶わないのが当然だったと思います。
そして正直に言うと、もし叶っていたら、分不相応な金額を手にして、全身をブランドで固めた嫌な人間になっていたと思います。
聖天様は怖い、という噂について
「聖天様は怖い」「祟りがある」という話をよく聞きます。私も最初は怖いと思っていました。
調べていくと、こういう話が出てきます。
- 本格的に祀ると厳しい規律がある
- 一度始めたら一生続けなければならない
- 途中でやめたり扱いを間違えると凶事が起きる
- 聖天行者は短命だと言われている
生駒聖天でも、断ち物をやめた場合に凶事が起きる可能性について注意が示されています。
ただ、これは行者や祈祷師が本格的に祀る場合の話です。
理解を深めたいなら、待乳山でも売っている解説書を読むのがいいと思います。文体は硬いですが、読み物としても面白いです。
なぜ占いジプシーが聖天信仰に流れるのか
自分の経験から、理由を3つ挙げます。
「最後の砦」という位置づけ
電話占いに何百万も使って、ありとあらゆる先生に相談して、それでも状況が変わらない。そういう段階に来ると、「もう占いでは無理だ」と思います。
そこに「最後の砦」という言葉があると、飛びつきたくなります。
成功談が目に入る
掲示板には、叶った人の報告が書かれています。叶わなかった人はわざわざ書かないので、成功談の割合が実態より高く見えます。
これは口コミ全般に言えることですが、特に効きます。
「選ばれた人だけが叶う」という特別感
聖天様は人を選ぶ、と言われています。
選ばれるかもしれない、という気持ちは強いです。長く報われていない人ほど、これに反応します。
聖天信仰と占いジプシーは、相性が悪い
そのうえで、私の結論はこれです。
叶うまで年単位かかる
聖天様の願いは、叶うまでに年単位かかると言われています。
でも占いジプシーは「今すぐ」を求めています。だから待てません。
そして待てないと何が起きるかというと、「もっと祈祷を依頼すれば早く叶うかも」と考えて、回数を増やします。 私もそうでした。ここで金額が膨らみます。
選ばれなかった場合、残るのは支出だけ
人を選ぶということは、選ばれない場合があるということです。
そのときに何度依頼しても、結果は変わりません。回数で解決する話ではないので。
「一生続けなければ」というプレッシャー
一度始めたら一生続けなければならない、という話が独り歩きしています。
経済的に余裕がない状態でこれを信じると、続けられないこと自体が不安になります。そして不安になると、また占いに相談します。
この循環がいちばん危ないところです。 不安を解消するために始めたものが、新しい不安を生んでいます。
私がこの経験から学んだこと
散財したのは事実です。ただ、無駄だったとは思っていません。
一番大きかったのは、願いの立て方が間違っていると、どこに祈っても叶わないと分かったことです。
私は「向いていないことで大金を得たい」「戻らないほうがいい人と戻りたい」と願っていました。何にお願いしても、これは叶いません。
待乳山の教えにある「まず自分の力を出し尽くしてから祈る」というのは、精神論ではなくて、たぶん実際的な話なんだと思います。自分の力が及ぶ範囲の願いでないと、そもそも形にならない。
そして、参拝できたこと自体がご縁だと思っています。あの場所で会った人たちの話を聞けたのは、良い経験でした。
願いが叶わないと感じているなら
もし今、何をしても叶わないと感じているなら、祈祷の回数を増やす前に、その願いが自分に合っているかを一度整理してみてください。
私はそれをせずに何年も回数を重ねました。順番が逆でした。
自分ひとりで整理するのは難しいので、私は占いを使っています。当てるためではなく、自分の性質を客観的に見るためです。四柱推命や西洋占星術は、こういう用途に向いています。
電話占いヴェルニは、私が長く使っている会社です。全国の占いの館と提携していて、実店舗で仕事をしている先生を選べます。四柱推命や西洋占星術を得意とする先生も多く在籍しています。
ココナラは料金を抑えたいときに使います。メール占いが選べるので、文章で整理したい人にも向いています。
なお、占いは信仰の代わりではありません。 別のものです。私は両方やっていますが、役割が違うと思っています。
さいごに
聖天信仰そのものを否定する気はまったくありません。
叶った人が実際にいるのは、あの場でお礼参りをしている人たちを見れば分かります。私が叶わなかったのは、私の願い方の問題です。
ただ、「最後の砦だから」という理由で始めるのはおすすめしません。 それは追い詰められた状態で始めているということなので、うまくいかなかったときに、余計に追い詰められます。
私はポジティブなので叶う人もいるよね!?って発想なので続けてみたんで、興味がある方はぜひ参加してみてください。素敵なお寺さんですから。
余裕があるときに、興味から始める。そのくらいの距離感が、たぶん一番いいです。
