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毒親という言葉から思い浮かぶのは、たいてい貧困とネグレクトと暴力です。
だから、習い事をさせてもらって、私立に行かせてもらって、きちんとした服を着ていた子どもが「家がしんどかった」と言っても、信じてもらえません。
「恵まれてるじゃん」で終わります。
私は中高と私立の女子校でした。大学も数学がネックで私立でした。服にも持ち物にも困ったことがありません。そして、家はしんどかったです。
この記事は、その両方が同時に成立するという話です。
外から見れば、何も足りていました
正直に書きます。物質的には、困っていませんでした。
服も持ち物も、周りに見劣りするようなものではありませんでした。むしろ、きちんとしたものを着ていたと思います。
だから、家のことでしんどいと言っても、誰にも伝わりません。そして、しんどいと感じている自分のほうがおかしいのではないか、と思うようになります。
これが、恵まれて見える家の一番厄介なところです。何かを奪われた記憶がないので、説明する材料がありません。
与えられていたのは、母の見栄でした
私が着ていたのは、母が選んだ服です。
本当は光る靴が履きたかった。歩くと音が鳴る靴とか、キャラクターのついたTシャツとか、同級生が持っているものが欲しかった。
でも母は自分の趣味で選ぶ人だったので、私はいつもきれいな格好をしていました。子どもがブランドのシャツを着たいわけがないのに。
母は、自分が一番きれいでないと気が済まないタイプです。そして、みすぼらしく見えることを何より嫌いました。昔から「お金がないのは首がないのと同じ」というようなことを言う人でした。
つまり、私に与えられていたのは、私のためのものではありませんでした。 母が外からどう見えるかを整えるための一部として、私の服がありました。
これは、無関心とは違います。むしろ手はかけられています。ただ、その手のかけ方が、私の希望とはまったく関係がなかった。
「今のままではダメだ」と言われ続けた
ここが、この記事で一番書きたいことです。
良いものを与えられ続けることには、裏側があります。
服を整えられる。持ち物を整えられる。外見について言われる。それが続くと、受け取るメッセージはひとつになります。
そのままのあなたでは足りない。
何かを取り上げられたわけではありません。むしろ与えられています。それなのに、伝わってくるのは不足の指摘だけです。
取り繕うことを強制されて、今のままではダメだと言われ続ける。レッテルを貼られているような感覚が、ずっとありました。
これは外からは見えません。写真に写るのは、きれいな服を着た子どもだけです。
母は、自分が行けなかった場所に私を入れたかった
母の見栄は、性格の問題ではなかったのだと思います。
母には、やりたくてもできなかったことがたくさんありました。学力的にも、環境的にも。
祖父は自営で、お金には余裕がありました。それでも昔の人なので、うちみたいな家の子が私立に行くなんてとんでもない、という考え方の人でした。だから母は、その道を選べませんでした。
そして私を通して、自分が入れなかった世界に入ろうとしたんだと思います。
私立に入れて、服を整えて、外から見て申し分ない形にする。あれは娘を着飾っていたのではなく、母が叶えられなかった人生を、娘に着せていたんだと思っています。
だからといって、私がそれを引き受ける理由にはなりません。母の未練は母のものです。
ただ、あの服が誰のためのものだったかという答えは、ここにあります。
中学受験のこと
中学受験のときは、毎日塾に通わされました。びっくりするくらい行っていました。
でも伸びませんでした。
やる気がなかった、という言い方も正確ではありません。やりたいともやりたくないとも思っていませんでした。ただ、やらされていた。当時の記憶に、自分の意志が出てきません。
学力は、ある程度までは時間で埋まります。その先は本人がどうしたいかです。私にはその部分がありませんでした。
そして塾は、学校より居心地がよかったです。
中学受験をさせる家の母親は、多かれ少なかれヒステリックママです。それが全員の共通認識としてあったので、説明が要りませんでした。誰も家のことを詮索しないし、されない。
私が公立の学校より塾を、そして中学からの女子校を居心地よく感じたのは、たぶん同じ理由です。
取り繕っていることは、分かる人には分かります
そして、もうひとつ気づいていたことがあります。
整えても、届かない場所があるということです。
同級生には、代々続いている家の子がいました。豪邸に住んでいる子、代々医者の家の子、老舗のお店の娘さん。
その子たちが私に何かしたわけではありません。むしろみんな親切でした。それでも、持っているものが違うと分かります。持ち物のランクではなく、その人に染み付いているもののほうです。
『あのこは貴族』という映画を見たとき、すごく納得しました。誰も意地悪をしていないのに、線がある。あれです。
そして、取り繕っている家は、分かる人から見れば一瞬で分かります。
母はそれを埋めようとして、良いものを揃えていました。でも埋まりません。地盤が固まっている家のお嬢さんとは、そもそも種類が違うので。
私はそれに引け目を感じていました。母が全力で取り繕っていて、それでも届いていないということを、子どもながらに理解していたからです。
取り繕っている、と思っています。見下している、と言ってもいいと思います。
分かってもらえない理由
こういう話を人にすると、うまくいきません。
貧しかった、殴られた、放置された。こういう話なら、聞いた人も理解できます。分かりやすいからです。
でも、良い服を着せられていた、習い事をさせられていた、私立に行かされていた。 これは全部、恵まれた話として処理されます。
そこに「でも自分の希望は一度も通らなかった」と付け加えても、伝わりません。贅沢な悩みだと受け取られます。
そして、一番よく言われるのがこれです。
「お母さんがそんなこと言うわけないじゃん。あなたのことを思ってるからだよ」
慰めではなく、事実の否定です。相談した結果、自分の記憶のほうが間違っていることにされる。
何度か経験すると、話さなくなります。そして、しんどさは変わらないまま、話す場所だけがなくなっていきます。
「困っていなかったのに、しんどかった」でいいです
同じような家で育った人に、これだけは伝えたいです。
物質的に困っていなかったことと、家がしんどかったことは、両立します。
どちらかが嘘なのではありません。両方本当です。
そして、しんどさに順位はありません。もっとひどい人がいる、というのは事実ですが、それは自分のしんどさを否定する理由になりません。
私はずいぶん長いこと、自分がしんどいと言っていいのか分からずにいました。証拠が出せないからです。あざもないし、記録もない。あるのは「良い服を着せられていた」という事実だけです。
でも、あの服が誰のためのものだったかは、着ていた本人が一番よく知っています。
この話を、どこでするか
友達には話せません。話しても、恵まれた話として処理されるので。
親戚にも言えないことが多いです。母のことを知っている人ほど、母の側の事情を先に説明してきます。
だから私は、事情を知らない人に話しています。
自分を知らない相手には、前提の説明が要りません。母がどんな人か知らないので、そんなこと言うわけないとも言われない。話したことが、そのまま事実として扱われます。 それだけでかなり違いました。
私が使っているのはココナラのメール占いです。
もともと恋愛のことで占いを頼んだのがきっかけでしたが、家族のことを聞いてくれる人もたくさんいます。
この手の話は、声に出そうとすると詰まります。 しかも説明が長くなります。何がしんどかったのかを伝えるのに、家の状況から話さないといけないので。
文章なら、書きながら整理できます。深夜に打って、返事を待つという使い方ができます。返信までの日数は相手によるので、急ぐときは目安を確認してください。
料金は幅がありますが、安いものだと500円台からあります。最安のものは文字数が限られるので、しっかり書きたいなら数千円の枠のほうが向いています。
家族のことを相談するときの先生の選び方は、こちらに書きました。
▶ 毒親を許すべきなのか|理解はしているけど、許してはいない
さいごに
私は今も、母のことを整理できていません。
理解はしています。母には母の事情があったし、あの人なりに全力だったとも思います。良いものを与えようとしていたのは事実です。
でも、それは私のためではありませんでした。
与えられて育った子どもが、与えられたことで否定されていた。 これは説明が難しいし、たいてい信じてもらえません。
同じところにいる人がいたら、証拠が出せなくてもいいので、まずは事情を知らない誰かに話してみてください。
※この記事は個人の体験に基づくものです。心身の不調が続いている場合は、医療機関や公的な相談窓口の利用も検討してください。

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