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FXで、かなりのお金を失いました。ちょっといい車は余裕で買えたくらいですね。
今振り返って思うのは、私がやっていたのは投資ではなかったということです。買い物依存の延長線上にあるものでした。
この記事は、FXの手法の話ではありません。なぜ止められなかったのかという話です。
きっかけは、勝っている人に会ったこと
ある時期、実際に大きく稼いでいる人に会いました。
月に1,000万円以上動かしている人です。商材を売っているわけでもなく、他人のお金を運用しているわけでもなく、個人でやって稼いでいる人でした。
その人は、ちょっと会っただけの相手に、お車代として10万円を渡すような人でした。性別を問わずそうしている人だったので、下心があるわけでもありません。私は教えてもらう立場なのに、何度かタクシー代までもらいました。
その人が、私にはとても眩しく見えました。
これは技術に憧れたのではありません。あの人と同じ側に行けば、全く違うレイヤーの自分になれるという感覚でした。
ゼロサムゲーム
FXは、市場でお金をやり取りするゼロサムゲームです。誰かが得をすれば、誰かが損をします。
私はそれを理解したうえで、自分が取る側になればいいと考えました。
理屈としては筋が通っているように思えました。全部勝つ必要はない。10回のうち3回か4回勝てばいい。それくらいならできそうだと。
必勝法と呼ばれるものもいろいろあります。でも、そんなものがあるなら全員が勝っています。市場はそういう仕組みではありません。
分かっていたのに、自分は例外だと思っていました。
現実的な問題は、資金力でした
負けた理由を、技術のせいにする気はありません。
FXは、資金に余裕があるほうが有利です。相場が一時的に逆に振れても、待てるからです。待てれば戻ることもある。
私にはその余裕がありませんでした。だから、耐えられないところで心が耐えられないから切ることになります。資金面では耐えられたのに心が耐えられないケースが多くあり、これはFXやったことある方にはあるあるかもしれません。
そして今のように、戦争や景気の急変で大きな転換が起きると、取り返しがつかなくなります。穏やかな相場なら私でも勝てたんですが、そういう相場だけを選べるわけではありません。
結論として、私には向いていませんでした。
なぜ止められなかったのか
ここからが本題です。
私はもともと、お金に執着がありません。あるようでいて、実際はぱっと使ってしまうタイプです。
服も買い物依存に近い時期もありました。
そして買い物をしているとき、私が求めていたのはモノではありませんでした。買うことで、少し違う自分になれる感じです。
FXは、それの数段上でした。
服を買っても、変わるのは見た目だけです。でもお金が増えれば、生活そのものが変わる。付き合う人も、行く場所も変わる。買い物では届かなかったところに、届く気がしました。
だから止まりませんでした。損をしているのに、そこから離れると、自分が変わる可能性まで手放すことになる気がしたからです。
電話占いと同じ構造でした
書いていて気づいたことがあります。
私は電話占いにも同じくらいのお金を使っています。そして、そこで求めていたのも似たものでした。
今の自分から、別の場所に行きたい。
占いは「この先どうなるか」を教えてくれます。FXは「今と違う経済状況」を見せてくれます。どちらも、今の自分のままでいることからの出口に見えていました。
そして両方とも、出口ではありませんでした。
▶ 占いジプシーを10年やった私が、抜け出せなかった理由と抜け方
「向いていないことで大きく勝ちたい」という願い
もうひとつ思い当たることがあります。
私は一時期、聖天信仰にも通っていました。浅草の待乳山聖天で、別座浴油祈祷を定期的に依頼していました。
そのとき願ったのは、復縁と金運です。金運というのは、正直に言えばFXで大きく勝つことでした。
叶いませんでした。
でも今は、それでよかったと思っています。私はそもそもそういうことに向いていないので、向いていないことで大金を得たいという願いでした。
待乳山の教えには「まず自分の力を出し尽くしてから祈る」というものがあります。私が求めていたのは、その逆でした。
私が会った人は、たぶん例外です
誤解のないように書いておきます。
私が会ったあの人は、実際に稼いでいました。商材も売っていないし、人のお金も預かっていない。ただ本人が黙々とやって、結果を出していた人です。
だから、稼げる人はいると思っています。
問題は、私がそれを見て「自分にもできる」と思ったことです。
FXの世界には、成功しているように見せる人がたくさんいます。商材を売る人ほど、派手な演出をします。私が会った人はそういうタイプではなかったので、余計に信じてしまったのかもしれません。
そして、その人が見せていなかっただけで、葛藤や損失もあったはずです。私には見えなかっただけです。
今どうしているか
やめています。忙しいというのもありますが、もうあの使い方はしません。
いつかまたやるとしたら、FXの自動売買くらいだと思います。自分で判断すること自体が、私の場合は精神的に疲れるし何より睡眠不足になってしまう。
そして、これは失敗談として書いていますが、後悔だけではありません。
分かったことがあります。自分がお金を何に使ってしまうのか。何を求めて使っているのか。
私が買おうとしていたのは、通貨ではなく「違う自分」でした。それは市場でもどこにも売っていません。
同じことをしている人へ
投資が悪いとは思っていません。ただ、こういう感覚があるなら、一度立ち止まったほうがいいと思います。
- 損をしているのに、やめると何かを手放す気がする
- 手法より「稼いでいる人の生活」に惹かれている
- 生活費や貯金から資金を出している
- 負けを取り返すために金額を上げている
これは投資ではなく、別の何かになっています。
私は占いを使っていました。当ててもらうためではなく、自分がなぜこれをやっているのかを整理するためです。
四柱推命や西洋占星術は、自分の性質を客観的に見るのに向いています。私は自分の性質を見てもらって、投資に向いていないと分かりました。もっと早く知っていれば、と思います。
さいごに
FXで失ったお金は戻ってきません。
ただ、あれは「違う自分になれる」ことへの代金だったと思っています。高すぎる買い物でしたが、買おうとしていたものが何だったかは、はっきりしました。
今の自分から抜け出したいという気持ちは、悪いものではありません。問題は、その手段としてお金を使う方法を選んだことです。
もし同じことをしている人がいたら、何を買おうとしているのかだけ、先に考えてみてください。
※この記事は個人の体験に基づくものです。投資は自己責任で行ってください。借金や支払いで困っている場合は、日本貸金業協会の貸金業相談・紛争解決センター、または消費者ホットライン(188)に相談できます。

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