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親が入院すると、必ず次の話が来ます。退院したあと、どうするのか。
家に戻すのか、施設を探すのか、自分が引き取るのか。
私は一人っ子で、母は今も入院中です。この記事は、その判断を今まさに考えている途中で書いています。
先に結論を書きます。同居はしません。 これだけは決めています。
「同居しない」と決めるまでに、理由は要りませんでした
普通、こういう判断には理由が必要だとされています。仕事があるから、家が狭いから、経済的に無理だから。
でも私の場合は無理だと分かっているからです。
一緒に暮らせば、子どもの頃と同じことが起きます。それが数年、あるいはもっと続く。そして今度は逃げ場がありません。子どもの頃と違って、成人するという出口もない。
理由を並べなくても、これは十分な判断だと思っています。
施設に入れるのは「捨てる」ことではない
親を施設に入れることに、抵抗を感じる人は多いです。周りにもそう言う人がいます。実際に自宅で介護をされている方はたくさんいます。母は別に身体が不自由な訳でもないから、こういう話を理不尽に感じる方は少なくないかもしれません。
でも病院側にも判断があります。退院しても生活が成り立たないと見られれば、施設という話が出てきます。医療や介護の専門職が見て、その方が安全だという判断です。
つまり、家族の情の問題ではなく、生活が成立するかどうかの問題です。
本人が拒否している場合
ここが一番しんどい部分です。
本人が施設を嫌がっている。でも同居はできない。板挟みになります。
私が今、自分に言い聞かせているのはこれです。
本人が納得することと、本人が安全に暮らせることは、別の問題です。
納得を優先すると、危険な状態のまま家に戻すことになります。そしてその後の負担は、断らなかった側に全部来ます。
罪悪感を理由に同居を選ぶと、今度は自分の生活が終わります。
「親戚が助けてくれる」は、期待しないほうがいい
私は一人っ子で、親戚とはほとんど縁が切れています。母があの調子だったので、当然といえば当然です。
連絡すれば返事は来ると思います。でも力になってくれるかというと、皆さん姑の介護を自宅でしてきたので
「あなたがいるんだから、あなたが何とかしなさい」
そうなるだろうと予想しています。
期待して裏切られると、そのぶんまた消耗しますし難しいですが介護施設という素晴らしい場所が現代にあることが感謝です。
施設の話は、病院側から出してくれました
意外だったのは、施設の話をこちらから切り出さなくてよかったことです。
入院時の段階でソーシャルワーカーのほうから、退院後は施設という方向で話が進んでいきました。精神科ということもあるかもしれません。
本人への言い方も、食事も出るし、掃除も洗濯もしなくていいですよ、と。家族が同じことを言えば角が立ちますが、第三者が言えば説明になります。
本人に説明するとき、「娘さんも同意している」とは言わずに「先生の判断です」と伝えてくれるそうです。
こういう配慮をしてもらえることを、私は知りませんでした。たぶん、多くの人が知らないと思います。だからみんな、自分が悪者になる前提で悩んでいます。
判断に関わっていても、名指しされる必要はありません。そこは相談していい部分です。
相談する窓口
病院の医療ソーシャルワーカーが、入院中なら一番早い相談先です。退院後の行き先について、病院側と一緒に進めてくれます。そして病気に対応出来る施設への紹介実績があるので、話もある程度早いです。
地域包括支援センターは市区町村ごとにあり、無料で相談できます。介護保険の申請、施設の情報、在宅サービスの調整まで、ここが起点になりますし結構色んな所にあります。
私が実感しているのは、自分だけで決めようとしないほうがいいということです。
一人っ子だと、全部自分で決めなければいけない気がします。でも実際には、判断に関わる専門職がいます。「私がこう決めた」ではなく「専門職の判断でこうなった」という形にできると、あとの罪悪感がかなり違います。
決めたあとも、気持ちは片付きません
同居しないと決めた理由は、 一緒に暮らせば自分が壊れると分かっているからです。
そして、自分が壊れたら、洗濯も買い物も手続きも、誰もやりません。続けるために距離を取るというのは、放棄とは違います。
私は今も洗濯をしていますし、買い物もしています。面会にも行きます。ただ、同じ家では暮らしません。それだけの話です。
▶ 毒親が入院した|面倒は見ているのに、面会のたびに削られる話
この話は、周りの人にできません
先日2人の配信者さんのご家族が施設に入ったという報告をしていた時、泣いている配信者さんがいました。やるせない気持ちなのでしょうか。
そもそも私の場合は親戚には言えない。兄弟はいない。
だから私は、事情を知らない人に話しています。
自分を知らない相手には、前提の説明が要りません。「そんなこと言うわけない」とも言われない。話したことが、そのまま事実として扱われる。それだけでかなり違います。
私が使っているのはココナラのメール占いです。
家族の話は、声に出そうとすると詰まります。文章なら、書きながら整理できます。深夜に打って、返事を待つという使い方ができます。返信までの日数は相手によるので、急ぐときは目安を確認してください。
料金は幅がありますが、安いものだと500円台からあります。最安のものは文字数が限られるので、しっかり見てほしいなら数千円の枠のほうが満足度は高いです。
家族のことを相談するときの先生の選び方は、こちらに書きました。
▶ 毒親を許すべきなのか|理解はしているけど、許してはいない
まだ、何も決まっていません
正直に書いておくと、現時点で確定していることは何もありません。
入院は3ヶ月を超えていますが、いつ退院になるかは分かっていません。施設の方向で話は進んでいますが、決まったわけではないですし、本人は拒絶しているようです。
つまり私は今、決着していない状態のまま暮らしています。 この記事も、その途中で書いています。
毒親についての話は、たいてい終わったあとに書かれています。距離を取りました、絶縁しました、亡くなりました。だから読むと、終わった人の話として届きます。
でも読んでいる側は、終わっていない状態で検索しているはずです。私もそうでした。
距離があれば、いい娘でいられます
最後に、今の時点での正直な気持ちを書きます。
私は母を嫌ってはいません。
これは許したという意味ではありません。距離があれば、嫌いにならずに済むという意味です。
近くにいれば、また同じことが始まります。言われて、傷ついて、それでも言い返せなくて、家に帰ってから何日も考える。そうなれば、嫌いになるしかありません。
でも離れていれば、洗濯もできるし、買い物もできるし、面会にも行けます。距離があるほうが、私はまともな娘でいられます。
そしてもうひとつ。
私は頼れる親族が少ないです。だから、母がこういう状態であっても、母のことはいないよりはいてくれたほうがいいと思っています。
同じ場面に来ている人がいたら、同居しないという選択肢は、最初から選択肢に入れていいとだけ伝えたいです。
距離を取るのは、関係を終わらせるためではありません。関係を残すために取ることもあります。
※この記事は個人の体験に基づくものです。介護についての相談は、お住まいの地域包括支援センターや、入院先の医療ソーシャルワーカーに相談できます。

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