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機能不全家族という言葉には、貧困や暴力のイメージがついています。
だから、お金に困っていない家で育った人は、自分の家がそれに当てはまるとは思いません。私も長いことそうでした。
うちは父が自営で、経済的には困っていませんでした。私は私立の学校に通っていましたし、服にも持ち物にも困らなかった。
それでも、家は機能していませんでした。
うちの家には、価値の基準が一つしかありませんでした
先に、この記事の結論を書きます。
母は、自分が美しいことを最大の価値にしている人でした。 そして父は、美しい妻がいることに価値を見出すような人でした。
つまり、家の中で交換されているものが一つしかなかった。母の美しさです。母はそれを提供することで立場を保ち、父はそれを所有していることで満足していた。
そこに、母に似ていない娘が生まれました。
「似てないね」と言われて喜ぶ母
デパートの化粧品カウンターに母と行くと、店員さんに言われることがありました。
「似ていないですね」
母はそれを喜びました。
当時は意味が分かりませんでしたが、今は分かります。母に似ていないということは、私はそちら側ではないということです。
母はそれを、褒め言葉として受け取っていました。
そして私は、子どもの頃からずっと外見を否定されて育ちました。今も続いています。自分の金で買ったものでも、笑われます。
外見を否定されるのは、外見が悪いからではありません。 そこが家の唯一の得点源だからです。
▶ 毒親に育てられた女性の特徴|娘は、母にとって比較対象になる
父は、ほとんど家にいませんでした
父は仕事が忙しく、寝に帰ってくる程度でした。実質は母と二人の家です。
たまに父が家にいるときも、安全な場所が増えるわけではありませんでした。食事が気に入らないと「誰の金で飯を食っているんだ」と言うような人だったのでまぁまぁ問題な父です。
騒動が起きて父方の祖父に電話をかけて来てもらったこともあります。子どもが外の大人を呼ばないと止まらない、そういう家でした。
両親は、私が高校生のときに離婚しました。
父はもともとほとんど家にいなかったので、生活が大きく変わったわけではありません。ただ、中途半端にでも第三者がいた状態が、完全になくなりました。
家に大人が一人だけになると、その人の言うことが唯一の基準になります。比較するものがない。
そして私はまだ高校生で、家を出られる年齢ではありませんでした。
助けを求めても無駄だと学ぶ
小さい頃、母に叩かれているときに、父のところへ行ったことがあります。
父は「まだ小さいから分からない、怒るな」と言いました。
子どもの私にはそれで十分に思えました。でも今考えると、これは庇っていません。母の行為を止めているのではなく、時期の問題にしているだけです。今は早い、というだけ。
「大人になったら二人でやり返そうね」と言われたこともあります。その場では味方に聞こえました。でも実際には何もしません。
助けを求めても無駄だと学ぶのは、たぶんこういう場面です。それ以降、求めなくなります。
そして母は父の文句を言っていましたし、私にとっても頼れる存在ではありませんでした。
生活費を稼いでいたことには、今は感謝しています。ただ、それは大人になってから分かることです。当時の子どもには、知りようのない話でした。
家の中にも外にも、逃げ場がありませんでした
機能不全家族の核心は、たぶんここです。
母から逃げる先が父ではない。父がいても状況は良くならない。家の中に、避難できる場所がありません。
そして私は一人っ子です。
負担を分ける相手がいない。愚痴を言い合う相手もいない。全部が自分のところに来ます。
親戚とも縁が薄くなっていました。母があの調子だったので、当然といえば当然です。
逃げ場がないというのは、こういう状態のことです。
子どもが、調整役になります
大人が機能していない家では、子どもが役割を引き受けます。
私がやっていたのは、空気を読むことでした。母がどう出るか、父がどこで機嫌を崩すか。それを先に読んで、動く。
同じように、助けを求めないこと、好きだと言わないこと、何か起きたら自分のせいにすることも身につきました。
どれも、あの家で消耗しないために必要だった技術です。 当時は効率が良かったから身についただけで、性格ではありません。
問題は、今の場所でも自動で動いてしまうことです。空気を読む能力を一番評価してくれるのは、扱いの難しい人ですし、好きだと言わない癖は恋愛でそのまま出ます。
具体的にどこに出るかは、別の記事に書きました。
▶ 毒親に育てられた人の特徴|5つ挙げますが、性格の話ではありません
お金があっても、機能していない家はあります
この記事で一番伝えたいことです。
機能不全家族の記事は、たいてい貧困とセットで語られます。だから経済的に困っていない家で育った人は、自分が該当するとは思いません。
でも、お金があることと、家が機能していることは別です。
父が稼いでいて、母が家にいて、私立に通わせてもらっていた。それでも家の中に価値の基準は一つしかなくて、逃げ場もなかった。
そして外から見れば、恵まれた家です。だから誰にも言えません。
▶ 恵まれて見える家の毒親|貧しくないと、しんどいと言えない
この話は、周りの人にできません
話しても、伝わらないことが多いです。
「お母さんがそんなこと言うわけないじゃん」「でも親でしょ」「恵まれてるじゃん」。言う側に悪気はないので、責める気にもなれません。ただ、何度か経験すると話さなくなります。
私は今、事情を知らない人に話すようにしています。前提の説明が要らないのと、話したことがそのまま事実として扱われるからです。
使っているのはココナラのメール占いです。家族のことは声に出そうとすると詰まるので、文章のほうが書けます。安いものだと500円台からあります。
相談先の選び方は、こちらに詳しく書きました。
▶ 毒親を許すべきなのか|理解はしているけど、許してはいない
さいごに
私は今も、この問題を整理できていません。
家の中で下された評価は、家の中では検証できません。外で確かめるしかない。褒められても社交辞令だと思ってしまうし、自分の価値を一つの軸でしか測れない癖も残っています。
ただ、ひとつだけ分かったことがあります。
あれは私の問題ではなく、家の設計の問題でした。
価値の基準が一つしかない家では、その基準に合わない子どもの居場所がありません。私が居場所を作れなかったのではなく、最初からなかった。
そう思えるようになっただけでも、少し違います。
※この記事は個人の体験に基づくものです。心身の不調が続いている場合は、医療機関や公的な相談窓口の利用も検討してください。家庭内の暴力については、DV相談ナビ(#8008)で最寄りの相談機関につないでもらえます。

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